itoshikiの日記

自身のための覚え書きしかございません。推しの話はしていません。

虚ろな幸福感

目が覚めたのは深夜だか明け方だか判然としない時間だった。

視界いっぱいに天井が映って、自分が寝起きにも関わらず目を見開いていることに気がついた。生温い空気を吸い込んで、つい今まで感じていた幸せがすべて夢による幻であったと理解する。息を吐くと全身の力が抜けると共に先ほどまで圧迫感を覚えていた心臓のあたりが急に空っぽになったような感じがして、幸せには質量があるんだろうか、と少し思案した。

何はともあれ失くしてしまってよかった。あんな幸せは抱えていてはいけない。先に見た夢によって「幸せ」を感じた自身がひどく愚かで情けなく、天井を見つめたまま涙がこぼれた。

 


幸せ以外の表現をするならば、その夢はとても綺麗だった。

もしその夢を第三者が見ていたらどこかの短い映画だと言ったかもしれない。それほどまでに良くできた幻だった。

しかし、自身の欲を捨て置いたパンドラの箱の中身を知っている手前、その綺麗な夢がどれほど欲に汚れていたかは自明のことであった。体よく整えられたヘドロのようなご馳走を、空腹に慣れた心にこれでもかとたらふく詰め込んで満たされた気持ちになっていた。

悲しきかな、筆者は夢の中では夢を自覚できない人種なのである。

 


自分に都合の良い未来というものを誰しも思い描いたことがあるだろう。その妄想を脳内でどれほど展開しようが個人の自由であり咎められることではないが、それを現実のことと勘違い(且つ実行)するのは禁忌への第一歩である。その一歩を踏み出さぬよう通せんぼをするのが人間の理性の仕事であるから、日常生活を営む上で独りよがりな妄想が暴走することは基本的にない。

しかし眠っている間はどうか。

しっかり仕舞い込んでいたはずのifがひとりでに無意識の領域に染み出して、夢という形をとって具現化する。夢の中で妄想が実体化したことにより、無意識という免罪符を片手に此度私は禁忌を犯した。

 


捨てたはずの醜い塊を勝手に拾い上げ私の眼前に突きつけながら、綺麗な顔をした何かが「お前は言葉では誠実でありたいなどと言っているが見えない心のうちではどうだ」と詰め寄ってくる。不誠実さは常に心を啄んでいて、必死でそれを払い除けて誠実であろうとしているのだ。綺麗な顔のお前に何がわかる、わかられてたまるか。

 


二度寝をすれば夢の続きを見ることができるのが私の数少ない特技のひとつであるが、この日ばかりはそれが仇となり眠るのが恐ろしかった。

夢の内容は記録していなければそのうち忘れる。厄介なのは、内容に関わらず一度心が満たされた「経験」が私の中に生まれたことだ。

もう二度とあんな夢を見ませんように。そう願うことすらも虚しくて、やるせなさを誤魔化すように目を閉じた。