夢日記 - 2 -
5月12日の夢
覚えていない方がよいのかもしれない。
夢を見てそう思ったのは久しぶりだ。
私がいたのは、土壁がほとんど崩れ、表面が擦れた畳の部屋だった。不思議なことに、ここは自室であるという認識が頭にあった。
くるくるネジを回して鍵をかける古いタイプの窓の外は灰色で、部屋に不釣り合いな大きく分厚いテレビとくたびれた布団、久しく見ない床の間が目に入る。
テレビ映る荒い映像は赤黒く点滅しており、人間だか動物だかが忙しなく動いているのがなんとなくわかった。
砂嵐のように乱れた音を聞きながら、この部屋から出なくてはならないと直感が言っていた。自室のはずだったが、ここにいてはいけない気がした。
窓ガラスと枠に隙間があるようなガタついた引き戸を開け、廊下に出る。今いるところはどうやら2階らしく、右を見やると下へと続く階段があった。廊下はこげ茶色の古い床板であるのに、階段は無機質な打ちっぱなしのコンクリート色をしていた。
急な階段を降りてゆき、ドアノブを回して外に出る。するとそこは白い霧に覆われていた。遠くに運動場らしきものが見え、そこを1人の青年がぐるぐると走り回っているのがかろうじて確認できた。
ここはどこだ、ここにいてはいけない。
冷や汗が背を伝う感覚がすると同時に、弾かれたように後ろを振り向くが、今出てきたはずのドアがない。
理由のわからないただならぬ絶望感を感じると共に、意識が遠くなり、
私は布団から飛び起きた。
バクバクと心臓が鳴り、じっとりとした汗を感じる。飛び起きたところは先程のくたびれた自室。さっきのは夢だったのだ、よかった。
安堵と共に布団から起き出し、私はアルバイトへ行く準備をする。普段よく羽織っているadidasのブルゾンに袖を通し、つい先日新調したキーケースに手を伸ばす。
此度テレビの電源はついておらず、画面に反射した自身をみやり、身だしなみを確認する。
さっきはどうしてドアがなくなる夢なんて見たんだろう。そんな疑問を抱きながら、私は再び引き戸に手をかけようと手を伸ばす。
ふとそこで、ここが事故物件だという噂があったのを思い出した。嫌な汗が出る。一人暮らしの境遇を恨んだ。
引き戸の向こうに何かの気配がするのだ。
今から人を呼んでも間に合わない予感がした。私は意を決して引き戸を開け、できる限りの速度で階段を駆け降りようとした。
すると天井の方から声が降ってくる。
「前を向くな。私を視認すれば命はない。」
もう遅いわ、という苛立ちを感じたのと同時に私は“何か”を見て、階段を転げ落ちて気を失った。
と、ここまでが夢で、次こそは現実の自室、ベッドの上で目を覚ますことができた。
夢の中で目が覚めてみると、実はまだ夢の中であった、なんて話は時たま耳にするものの、実際に経験したのは初めてだったし、何より2度目の夢の中私は、これは現実だと謎に確信を持っていた。現実だったらたまったものではない。
しかし、無事目が覚めてよかった。
今日仕事中にクレーム受付をすることになったのはきっとこの夢のせいだ。そう思わずにはいられない不快な夢だった。
家から出たいのに出られないというのは、何かしらの抑圧によるストレスの表れらしいと夢占いでは書いてあったが、思い当たる節がないので考えるのはやめることにする。
2021.5.12